私とパラグライダー(カナ編)②

今日は大学生の頃のお話。

前回、大人になったらパラグライダーする!と宣言していた高校生の私でしたが、
浪人して大学に入ると、なんと!パラグライダーのサークルがあったのです。
思いがけず早く出会えたことに喜び、すぐに入会。
親を説得して、おんぼろ機材で初飛びに向けて奮闘する日々が始まりました。

当時大変だったことは、まずスクールまで通うこと。
私は当時千歳の実家に住んでいたのですが、ルスツのスクールに行くまでは長い道のり。
実家から自転車で千歳駅まで15分、札幌駅まで電車で40~50分。地下鉄に乗り換えて北18条まで移動し待ち合わせ場所へ。
サークルのメンバーで車に乗り合わせて、約2時間でルスツのスクールへ到着。という道のりでした。

この道のりを、メンバーと車に乗るまでは機材一式を背負って行ったので、それはへんてこな体験でした・・。
小柄な私が当時の機材のリュックを背負うと、後ろから見ると巨大なリュックから足だけが生えているような状態です。
自転車でフラフラだったり、詰め方が悪いと改札に引っかかったり、電車内で声をかけられたり、・・飛ぶことそのものよりもこちらの方が印象深い体験だったかもしれません(笑)

サークルそのものは、当時はメンバーも10人以上はいて、みんなヘンテコなあだ名をつけられ(私はカントクと呼ばれていました)、その時々の流動的なメンバーでゆるく活動。
初飛びまでの道のりは険しく、行っても練習だけで終わる日がほとんどでしたが、風が悪ければ遊びに出かけ、温泉に行ったり夜は宿泊所で食べ飲みしたり歌ったり・・と、パラ以外の楽しみも豊富で、青春してるな~という楽しい思い出がたくさんできました。

パラのことで言えば、脳裏に浮かぶのは草原の中で漫然と風を待っていた膨大なグラハンの時間。永遠のように感じられました。
そして、待ちに待った初飛びの時の風景。
ルスツ南テイクオフで、右側に夕焼け、左側に虹が出ているというロケーションの中で飛べたのは一生の思い出です。
ただ、1年目はそれともう1本飛んだかどうかで終わってしまいましたが・・。

2年目は本格的にフライトが始まり、山梨や鳥取の学生合宿にも参加したりと夏休みはパラ漬けの濃い毎日でした。
しかしそんな日々も続きません。2年目の10月からは私がいた水産学部の学生だけは函館キャンパスへ移行するため、私のパラ生活は大きく転換することになるのです!

鳥取砂丘のワンシーン。一番左の水色パラが私かも。
鳥取砂丘帰りの仲間たち。みんな焼けました!

文:カナ


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